【保ビ研エッセイ】

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<概要>「生命保険で死んでもなお、家族を守ることができる」ということが書かれています。
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「私の生命保険の考え方」 エッセイスト風間佳 

縁あって一緒になった妻、自分の血を引く子供達
そんな家族に対して、生きてさえいればいろいろなことがしてやれる。
子供が進路に迷う時、人生の先輩として少しは役に立つ話もしてやれるだろう。
職場での悩みには、同じ社会人の仲間として酒でも酌み交わせるかもしれない。
結婚の悩みには、経験者として入れ知恵の一つもしてやれるかもしれない。
失敗や挫折、つらいことがあった時、励まし、支えになってやれるかもしれない。
時には、細い親のスネをかじらせてやれるかもしれない。
けれど、それは私が生きていればこそだ。
途中で死ぬようなことがあれば、その後は何もしてやれない。
家族に、思い出と悲しみを残すことになる。

事故や病気は防ぎきれるものではない。
もし、私が死ぬようなことになれば、
残された家族には、悲しみと苦悩、これからに対する不安と恐怖が残るだろう。
死んでいく自分は何を思うのだろう。
人生を途中で終わらなければならない悔しさ、口惜しさ。
家族の悲しみや苦悩を分かっていながら、どうすることもできない情けなさ、無念さ。

死んでしまったら、生きていれば当然してあげただろうことが何一つできない。
そう思うと、できない代わりに何かを残したいと思う。
お金を残したいと思う。
毎日の食事代、洋服代、家賃代・・・生活費となるお金。
教育資金、結婚資金・・・子供の将来のためのお金。
家族が病気やケガ、災害に遭った時の支えとなるお金。
残された家族が、私がいないことで惨めな思いをすることのないように、
私が生きて守れないのなら、その代わりにお金を残してあげたいと思う。

生命保険は死んだ時にお金がたくさん貰えるシステムらしい。
一番掛金の安いものは「掛け捨ての保険」だそうだ。
加入したその日から満額の保険金が約束されるのだそうだ。
だから、加入してすぐ死ぬようなことがあれば、
掛金は何百倍、何千倍、それ以上になって戻ることになるのだそうだ。
しかし、この保険は掛金が安い分、生きていた時に受け取れるお金はほとんどないらしい。
何年にも渡って掛けたお金が戻ってこないのは、少々もったいない気もするが、
私の掛けた掛金が、不幸のあった加入者の家族に回るのだと言われると、
もっともなことなので、納得する。
生きてさえいれば自分の力で家族を守れるのだから、掛金が戻ってこなくてもいいと思う。
問題は私が死んだ時のことなのだから。
私が死んだ時、私の代わりに家族を支えてくれるシステムがいい。
私は、そういう観点で生命保険を選びたい。

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2008.06.06 | 遺族保障について | トラックバック(0) | コメント(-) |

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